50代半ばの家移り日記

53歳からの住み替え備忘録。ついでに大学(通信制)の勉強、とか。

生年か没年か

晴れ、だが、深夜には雨になるという。久しぶりにリアル出勤。別に出勤しなくともいいんだが、いろいろと片付けるものがありまして。会社のある築地はすっかり年末モードになっている。
少し前ならこの時期はけっこうな賑わいなのだが、河岸が豊洲に引っ越してしまったし、昨年はコロナ禍だったし、今年もややヤバい感じになってきているので、それでも往事の賑わいはあるのかどうか。
昼飯は、久しぶりに会う同僚に誘われて会社外で。
あなご飯。うまうま!f:id:zocalo:20211225063915j:plain

子どもたちは今日が年内の最終登校日だ。さぞ荷物が多かろうと、大きめのトートバッグをひとつ余分に持って行かせようと、普段使いの〈文豪バッグ〉のひとつ、芥川龍之介のイラストが描いてあるバッグを渡したら、
「こんなの嫌だ、ひげが生えてるんだもん」とぬかすので、むっとして一悶着。けっきょく、バイデン大統領就任記念トートバッグを渡してやったぜ。

さて、その芥川龍之介トートバッグ、ふと見ると、生年が1892年とある。気が付かなかったが、ということは来年2022年は生誕130年になるのか。
じつは来年は森鴎外の没後100年にもあたっている。毎日新聞なんぞでは「今よみがえる森鴎外」といった特集連載も組んでいて、来年に備えている。
mainichi.jp
しかしだ、この投稿を書きながらネットで調べたところ、じつは森鴎外の生年は1862年(なんと元号文久だよ)でもある。生誕160年なのだ。つまりは生誕・没後ともにいわゆる〈周年作家〉というわけ。
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ということもあって、来年は森鴎外全集でも読もうか・・・と思っていたのだが、トートバッグを見て芥川龍之介もいいなあと思いはじめている。でも、〈ダブル周年〉で、やはり森鴎外かなあ。生誕○○年よりは、没後○○年のほうがなんとなく〈重み〉がある。誕生したのに感情は動かされないが、「あの人はあの時亡くなったのだ」というほうがココロにさざ波が立つ。

じつは、生誕ということで言うなら、山田風太郎にも注目なのである。彼は1922年生まれで、来年は生誕100年だ。芥川龍之介山田風太郎、生誕のタイミングは30年しか違わない。へえ。森鴎外とは60年の差。じつは〈周年作家〉はもっといるのだが、ここらへんで止めておこう。

さて、クリスマスイブ!
家人M氏からの「銀座三越でケーキを」というオファーをさらりとかわして、帰宅する。家の者たちはサイゼリヤに行っているが、わたしはひとり家飲みと思いきや、自宅到着したとたん仕事のチャットにつかまって1時間。とほほ。家飲みでパーッと生きたいところだけれど、いや、大学の期末試験が待っているのだ。。。