露伴の至情

めし、フロ、ついでの読書とか、大学の勉強もしてる

家人M氏からのクリスマスプレゼントの話。
M氏からは、ヒヤシンスの球根(といっても、じっさいにはもうすでに根っこがけっこう生えている)をもらいました。ヒヤシンスは何種類か花の色があるが、わたしのは黄色。
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では、なぜヒヤシンスかというと。
しばらく前から聴いている、TBSラジオ制作のポッドキャスト番組『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』という番組のなかで、「みんなで花を植えて花壇をつくろう!」という企画が持ち上がったらしい。花の種類はヒヤシンス、色は好みでということなんだそうだ。
そのことをいつも回遊しているブログで知って、「水にお尻を浸しておけばいいんだろ」くらいなお手軽感覚で「ゃってみようかな」と呟いたのを、M氏が拾ってくれたのだ。

というわけで、ヒヤシンス。春には真面目に咲いてくれると嬉しいんだけど。おっと、ユリ科の植物は猫には大敵というから、気をつけねばの。
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国際紛争処理法

いやー、寒い寒い。数年に一度の寒波で日本海側のみなさんは大変でしょうが、寒さ慣れしていない関東南部の人間にとっては、「数年に一度の」という言葉を聞くだけでも、文字通り震え上がる(というのは大袈裟かも)。

夕方に大学の夜間スクーリング[国際紛争処理法]の期末試験を受験する予定。webからの提出になる(じっさいにはweb画面上で実施)。受験期間は12/24~26 23:59。締め切り間近になると、サーバに負荷がかかってあらぬ障害になるリスクが考えられるので、夕方くらいに実施することにした。
いわゆる〈持ち込み可〉科目で教科書、参考資料、講義ノート、レジュメを〈持ち込める〉のだが、当たり前だが単純に持ち込んだだけでは、意味はない。どの文献のどのあたりにどんなことが記述されているのかを、あらかじめ知っておかなければならない。でなければ、いくら時間があっても足りない。

これがコロナ禍下で実施された代替レポならまだいいのだが(時間もそれなりにある)、今回の制限時間は50分。課題によっては調べるなんて時間すらないだろう。調べるというより確認する、により近くなる。

というわけで、16:00すぎからスタートした。課題自体はいたってシンプルなのだが、それだけにどう解答するか、こちらの判断力と瞬発力とを問われる。
国際紛争処理法]の講義内容、シラバスをのぞけば解るが、じつに興味深い。

国際法は、国家間に紛争が生じた際の処理/解決の方法について様々な手段・制度を定めています。本授業では、こうした国際紛争処理/解決の手段・制度について、基本的な枠組みを理解することを目標としています

そもそも「紛争」とは何か。これは法学部であれば「国際法Ⅱ」のテキスト科目に相当する内容だが、もっと突っ込んだ講義になっている。
「紛争」どういう状態を示すのか、それはとのように解決ないしは処理されるのか、ということからはじまり、国連体制の持つ現実と矛盾とを突きつけられるのだが、それでも〈法の支配〉を重視して〈国際の平和と安全〉の実現に向けた人びとの努力と営みとが見られる、いい授業だった。先生の資料作成も、じつに丁寧。オンライン授業の特性を活かした動画の作成は見事だった。レジュメしか配らないどこかの授業と比べたら。。。おっとくわばらくわばら。
さて、成績については〈果報は寝て待て〉としましょう。f:id:zocalo:20211228092351j:plain

「テオ・アンゲロプロス全集」

メリークリスマス!
ではあるのだが、
①いよいよ明日から数年に一度の寒波がやってくるという。
②明日は息子の友だちも数名わが家に訪れるという。
③さらには大学の夜間スクーリング授業の期末試験が控えている。
①②はともかく、③がヤバくて、試験対策をしていかなければならないので、これから集中して大量の動画を視聴しなければならない。ま、単にわたしが平日にサボっているからでもある。

子どもたちにはクリスマスプレゼントを(サンタさんからという体で)手渡したが、家人M氏にもということで、前から欲しがっていた投資に関する本をAmazonギフト包装依頼して注文しておいた。

そのプレゼントがさきほど到着。
ついでに、「このタイミングしかない」と前から狙っていた、映画監督のテオ アンゲロプロス全集Ⅳ巻目も届く。このシリーズ、この巻で最終巻だ。Amazonではずっと40000円台だったのがなんとか20000円台まで下がったので、勢いでポチッとしてしまった。

ずいぶん前にⅠ巻~Ⅲ巻までは手元にあって、時間があったらいつか観ようと思っていたものだ。そうだ、もしいまの大学に文学部で再入学する機会があったら、このテオ アンゲロプロス監督作品を卒業論文にしたいなと思っている。あるいは、2畳大学の「留年論文」のネタにしてもいいかも。おっと、いまウィキペディアを覗いたら、没後10年である。なんというタイミング!
是非に鑑賞してみたい。

ところで、M氏からはわたしにもクリスマスプレゼントを頂戴しているのだが、それはまた明日にでも。
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生年か没年か

晴れ、だが、深夜には雨になるという。久しぶりにリアル出勤。別に出勤しなくともいいんだが、いろいろと片付けるものがありまして。会社のある築地はすっかり年末モードになっている。
少し前ならこの時期はけっこうな賑わいなのだが、河岸が豊洲に引っ越してしまったし、昨年はコロナ禍だったし、今年もややヤバい感じになってきているので、それでも往事の賑わいはあるのかどうか。
昼飯は、久しぶりに会う同僚に誘われて会社外で。
あなご飯。うまうま!f:id:zocalo:20211225063915j:plain

子どもたちは今日が年内の最終登校日だ。さぞ荷物が多かろうと、大きめのトートバッグをひとつ余分に持って行かせようと、普段使いの〈文豪バッグ〉のひとつ、芥川龍之介のイラストが描いてあるバッグを渡したら、
「こんなの嫌だ、ひげが生えてるんだもん」とぬかすので、むっとして一悶着。けっきょく、バイデン大統領就任記念トートバッグを渡してやったぜ。

さて、その芥川龍之介トートバッグ、ふと見ると、生年が1892年とある。気が付かなかったが、ということは来年2022年は生誕130年になるのか。
じつは来年は森鴎外の没後100年にもあたっている。毎日新聞なんぞでは「今よみがえる森鴎外」といった特集連載も組んでいて、来年に備えている。
mainichi.jp
しかしだ、この投稿を書きながらネットで調べたところ、じつは森鴎外の生年は1862年(なんと元号文久だよ)でもある。生誕160年なのだ。つまりは生誕・没後ともにいわゆる〈周年作家〉というわけ。
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ということもあって、来年は森鴎外全集でも読もうか・・・と思っていたのだが、トートバッグを見て芥川龍之介もいいなあと思いはじめている。でも、〈ダブル周年〉で、やはり森鴎外かなあ。生誕○○年よりは、没後○○年のほうがなんとなく〈重み〉がある。誕生したのに感情は動かされないが、「あの人はあの時亡くなったのだ」というほうがココロにさざ波が立つ。

じつは、生誕ということで言うなら、山田風太郎にも注目なのである。彼は1922年生まれで、来年は生誕100年だ。芥川龍之介山田風太郎、生誕のタイミングは30年しか違わない。へえ。森鴎外とは60年の差。じつは〈周年作家〉はもっといるのだが、ここらへんで止めておこう。

さて、クリスマスイブ!
家人M氏からの「銀座三越でケーキを」というオファーをさらりとかわして、帰宅する。家の者たちはサイゼリヤに行っているが、わたしはひとり家飲みと思いきや、自宅到着したとたん仕事のチャットにつかまって1時間。とほほ。家飲みでパーッと生きたいところだけれど、いや、大学の期末試験が待っているのだ。。。

五年目の客

歌舞伎役者の人間国宝中村吉右衛門丈がお亡くなりになった。御年77歳というが、早すぎるのではないか。
www.asahi.com

歌舞伎をよく知らないわたしには、鬼平が逝った、という言い方が腹落ちする。親父と違って時代劇は嫌いだったが、TV版「鬼平」はよく観ていた。
昨夜は、「鬼平犯科帳」のTV放送ファイナル版前編「五年目の客」を観た。
www.fujitv.co.jp

品川遊郭での〈5年前の窃盗〉の因果に苦しむ女を、一言「夢だよ」と救ってやる鬼平の優しさが、こちらにも伝わってくる。2016年放送で、吉右衛門丈、佇まいこそ凜としているが、動きのあるシーンは少なかった。宜なるかな

エンディングテーマであるジプシー・キングスの「インスピレーション」も久しぶりに聴いた。そのころは大学でスペイン語も履修していたこともあって、〈スペイン的なもの〉にご縁があったのでした。
www.youtube.com

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CCB in 交野・大阪空堀商店街

日本全国津津浦浦というわけにはいきませんが、あちらこちら「地域系ソーシャル大学」というのがあります。わたしが〈企画運営〉に携わっている「こすぎの大学」もそのひとつです。
年に一度、その地域系ソーシャル大学を企画運営している人たちが集う「CCB (Community College Backstage)」というイベントに参加してきました。
ccb2021.mystrikingly.com
ここでは、ソーシャル系大学の企画運営者たちがお互いの授業を通じて知恵や活動をシェアするのが目的。このCCBは、もともと「神戸モトマチ大学」さんが主体ではじめられ(その第一回目に参加した。)、以降主催(大学)は東日本の大学、西日本の大学で、と振り子のように担われてここまで続いてきました。

今回2021年度は、「交野おりひめ大学」さんが主催のCCB。
ということで、11/27~28に大阪の交野市へ行って参りました。
「交野」と書いて、「かたの」と読みます。そして往路の最終最寄り駅は「私市」駅。これで「きさいち」と読みます。それぞれまったく読み方を知りませんでした。京都と大阪の中間くらいのところにあるんですね。

交野おりひめ大学さん曰く、
「スタバもTSUTAYAユニクロもない街」
が交野、
というところだそうで、じゃあそういう場所(地域)で、交野おりひめ大学さんはなにをやられているかというと、耕作放棄地を活用して酒米を育てて酒造りをしたり、今年はホップを栽培してクラフトビールづくりに挑戦
クラフトビール部 | 交野おりひめ大学
と、足下に広がる土地を活かした活動をおもにしていらっしゃる。
到着した1日目のお昼には、粕汁と打ち立ての温かいお蕎麦を出してもらい、そのかたわらでオリジナルのお酒「百天満天」や話題のクラフトビールをたっぷり頂戴しました。アテのひとつには、地元産のそばの実がたっぷりと入っている「そば味噌」。
うまうま!

1日目午後からはじまった各校の授業風景プレゼンでは、トップバッターに登壇した交野おりひめ大学「カフェ部」の女子高生2人から、コロナ禍で苦しまれているイチゴ農家さんを助けようと「イチゴジャム」を作り販売した経緯が語られました。

おいしいお酒とクラフトビールの海で、つい舟を漕ぎそうになっていたおっさんを見事にサルベージしてくれた、素敵なプレゼンでした。

「人間には2種類ある。それは生産する者と消費する者である」というのが不肖ワタクシのささやかな〈見解〉のひとつであり、わたし自身は生産者たらんと欲して常に消費に淫する不届き者に過ぎないと自覚しているのですが、彼女たちの素朴な発表のまえに、それでも、いやそれゆえに、生産者側に居たいと強くココロを動かされ、かつ消費者に堕しているオノレを恥じるばかりでした(そして、夜のBBQではひたすら肉食獣と化していたのです)。

2日目は大阪市中央区空堀商店街へと移動。ここを根城に活動する2畳大学の梅ちゃんによる町案内。〈街案内〉ではなく、〈町案内〉というのが相応しい。
ちなみに、案内はわたしたちがわたしたち自身に対して行うのでした。

幹線道路に囲まれた商店街は、大阪市内で唯一空襲で火事にならなかったようで、込み入った路地裏がたくさん残っていました。そこの真ん中あたりにある桃谷公園に集まっていざミッション開始です。
ミッションというのは、参加者ひとりひとりに〈お題〉が配付され、その〈お題〉に従って町歩きをする、という趣向。町歩きというよりは、〈町探検〉といったほうがいいかも。

たくさんの路地裏がありました。軒先にしなびたパンダが吊されている雑貨屋(だと思う)、2.5次元を扱っているお店、海外SFマンガがずらっと並んだ喫茶店、謎の長屋「大大阪芸術劇場」(笑)。通り抜けられない深い路地

わたしの〈お題〉は、「この町らしい写真を撮る」。

ううむ、気がつけば、夕日迫る大量の路地の風景がiPhoneのなかに収まっていました。
その写真を見ながらふとアタマに浮かんだのは、「この町は〈目的的〉であることを強要していない」ということでした。
目的的でないことを「ぶらりと」という表現としても代替できますが、東京の〈ぶらり〉はそれ自体が目的的な気がする。情報が多すぎるんですかね。そんなことをここ、空堀商店街を歩きながら感じました。


他のメンバも引き攣り顔で言っていましたか、今回のCCBはこれまでに味わったことのない最高過酷度なものでしたが、最高満足度でお腹いっぱいの旅でありました。
ちょうど大学の授業を絶賛こなしている最中で、アタマがパンパンに膨れ上がっていましたから、とても良いクールダウンになりました。

今回のスケジュールを仕立てていただいたKさん、Iさん、そして交野おりひめ大学の皆々様、そしてオンライン含めて会場でお話できた全国のソーシャル大学の皆様に、深く感謝いたします。
有り難うございました。

来年はどうやら、わたしの地元で開催ということのようです。
皆様の御来訪をお待ちしております。

「アジアの連帯」

先週の業務ピークがひと段落ついて、今週はやや息が深く吸える。といっても、先週できなかった仕事が今週にスライドしていることであって、決してヒマなわけてはないのだが。

夕方から、慶應通信の夜間スクーリング[政治思想論]。今回はZoom越しのリアル授業である。毎回パワフルな講義でとても楽しみにしている。
講義のテーマの中心は福澤諭吉と近代東アジア。彼が唱えた「脱亜論」はいったいなぜ書かれたのか。
結論から言うと、彼がずいぶんと肩入れした朝鮮独立が甲申事変で潰えたとき、福澤は大いに失望した。その結果を受けての「脱亜論」。それは彼の〈敗北宣言〉であったというのである。何に対しての〈敗北宣言〉なのか。それは彼が目指した「アジアの連帯」についてだ。

これについては副読本も読まねばならないだろう。

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